【はじめに】
諸先輩方が、これまのご苦労や熱い思いを綴られてきた 「私とマイクロホン」というこのページに、まだまだ経験の浅い私が寄稿させて頂くのは「ちょっと早すぎ」と思われますが、メーカーの技術屋の取り組みをお伝えしてみようと思います。
【微弱 UHF帯システム】
私は、学生時代にはスポーツに熱中していたため、実は音楽とは縁が薄く、当時の松下通信工業株式会社に入社して、その道では知られた大口さんの部下になったことから「私とマイクロホン」と言うよりは「私とワイヤレスマイクロホン」の歴史がスタートしました。
私が入社した1984年ころは、プロオーディオの世界では、UHF帯、つまり470MHz帯のワイヤレスマイクが実用化していて、浸透してきたころでした。このプロオーディオでの、私の最初の仕事は、ENGワイヤレスシステムの開発でした。
ちょうど、報道の現場で、ポータブル受信機をカメラに搭載するENGのスタイルが徐々に確立してきたころで、コンパンダ搭載のダイバシティ受信機を商品化しました。といっても、先輩が設計したセットを、工場の作業員と一緒になって性能調整していたわけです。
当時のトランジスタは、UHF帯では性能に大きなバラツキがあり、部品を交換しながらの調整と手作業によるコイルやトリマーコンデンサの調整が日常で1台調整するのに1時間くらいかかってしまうことも普通のことでした。さらには、一台一台の温度特性を測定し、低温で受診感度が規格外れを起こすと最初からやり直し、ということもしばしばありました。
次に担当したのは、ボーカルワイヤレスマイクにコンパンダシステムを搭載する設計でした。コンパンダは、ENGシステムの送信機で既に搭載しましたが、ENGの送信機は単3電池2本仕様で、電源にも余裕がありましたが、それまでのボーカルワイヤレスマイクの電子回路は、僅かなマイクアンプと逓倍(20MHz近辺の水晶発振を歪ませて24倍のスプリアスを取り出す)方式の高周波回路だけで構成されていて、電源も単5電池1本という簡単で小型な機器でした。
このボーカルワイヤレスマイクに、コンパンダ回路を組みこむためには、サイズも大きくなるし電流もよけいに食う。そのため、電池は単5から単4へ、電源回路もDC/DCコンバータを追加して内部回路を3.6Vまで昇圧して使うこととなり、試作機は従来機の約2倍の長さとなってしまうという(社内的には)大事件となりました。
当時の上司から、「設計し直し!」さらに、「ひもアンテナを無くす!」というオマケの課題が追加されてしまい、毎日毎日、エアコンの効かないシールド室にとじ籠もって悪戦苦闘のすえ、商品化に漕ぎ着けました。
この世代から、受信機はマイコンを搭載してPLL化しましたが、受信性能を確保するため、大型の誘電体フィルタを組み込み、高周波信号のロスを極力抑えるために空芯コイルも太いメッキ線を手で巻いたような大きな部品を使用し、それらをがっちりシールドした鉄のかたまりのようなシャーシに組みこんでいました。
ところが、発売後1年くらいで、「音質を改善せよ」という要望が、市場から強く挙がり、ダイナミックマイクを変更したり、コンパンダや変調の周波数特性を微調整したりして現場で評価して頂きながら、今で言うブラッシュアップをやっていきました。
そのころは、ユーザー様とメーカーの技術屋の距離も近くて、現場にはんだゴテを持ち込み、試聴頂いた感想を元にその場で周波数の微調整をやって、望まれる音に練り上げていったり、宿題をいただいて、次の日のリハーサルの合間に聞いていただいたり、というようなやり方もずいぶんありました。そんなときの、現場の音声の方々の「プロ」としての厳しさ、飽くなき追求に、半ベソをかきながら何とか求められることに近づけ、何とか合格をいただいた時の感激は忘れられない思い出です。
このUHF帯での普及こそ、プロオーディオでワイヤレスマイクが当たり前のように使用されるようになった今日の基礎となった時代だと思います。
【微弱から小電力無線局へ】
1989年、単なる微弱から特定小電力無線局が制定され、A型は、免許局として格上げ?され、周波数も未知なる800MHz帯へと移行し、特ラ連の運用調整に守られた、現在のラジオマイクの時代が始まりました。
ちょうど、MX-TV等のUHFテレビ放送局が開局し始め、それまで運用できていたワイヤレスマイクのチャンネルが使用できなるなど、従来の470MHz帯を中心とした機器にも限界が来ているところでした。
設計の質や、生産体制についても、1台1台、当時のMKKへ持ち込んで検査を受け、技術基準適合証明を取得するため、品質管理面で大きな変化を経験しました。免許の取り扱い方法や、技術基準適合証明書および証明ラベルも紛失してはいけない等、取り扱いにも神経をとがらせてスタートした規格でした。
開発当初は、A型は797.125MHzから805.750MHz(FPU-4帯)だけでしたが、急遽FPU-2帯が追加され、大あわてで周波数展開したことを覚えています。
それまでは、チャンネル毎に異なる水晶で周波数を決め、チャンネル毎に異なる回路定数で、一台、一台、調整していたため、多チャンネル運用に対応するほどの設計・生産に限界がありました。そのため、10チャンネル程度までが、同時使用チャンネル数として限界でしたが、特定ラジオマイクA型となり、71のチャンネル割り当てができたことと、PLL方式の採用で直ぐにチャンネルが切り替えられるようになったことで、特に劇場では同時使用チャンネル数が爆発的に多くなっていきました。建物に複数ホールがある場合など、トータル71波をどのように運用するかというチャンネルプラン設計が必要となりました。
また、アンテナ配置についても800MHzへ移行したことで大きな変化がありました。800MHz帯ではケーブルロスが大きく、ダウンコンバータ方式で260MHzで伝送して
も200m以上の配線では、5D〜7Dのケーブルでは10dB近い減衰が発生し、12Dと言うような普段見たこともない太いケーブルを使用せざるを得ないこともありました。また、特注でケーブル配線の途中にアンプを組みこむようなシステムもありました。
ちなみに、12Dまで太くなるとケーブルが堅くなり、受信機のコネクタにまで負担をかけるくらい重くなって、機器室での配線も一苦労です。
ENGタイプの使われ方も、だいぶ変化があり、報道ではなくロケ取材にもワイヤレスマイクが多用されるようになりました。その運用から、どちらかと言えば、ロケ専用となる2チャンネル内蔵のENG受信機を開発しました。この開発では、表示、コネクタの取り付け方向、電池ケースの向きを無くすなど、ユーザー様に、細々したところまで使い勝手についてご指導を受けて作り上げました。
800MHzへの移行は、新たな周波数帯となるため、機器の設計として従来技術から800MHz帯へシフトするとともに、PLLが一般的に採用されるようになりましたが、それまでの微弱と大きく異なる点として、
どれだけ「無駄なくマイクから電波を輻射するか」と
どれだけ「受信アンテナで捕まえた信号をロス無く受信機まで取り込むか」
という800MHzの空間での伝搬と、受信感度確保が大きな課題となりました。
それでも、見通し外での電界低下や人体の影響がUHF帯よりも強くUHF帯との比較で飛びが悪い!と言うお叱りをずいぶんいただきました。また、音質についてもより良い物を求め、厳しく追求いただきSHURE社のマイクヘッドも搭載することとなり現在に至っています。
まだまだ、ユーザー様からのより高い質を求めた要求に答え切れていない状況です。この要求とそれを解決する技術的挑戦がある限り、ワイヤレスマイクは進化し続けると確信しています。
【デジタル化】
2000年に、ARIB(電波産業会)のラジオマイク・ワーキンググループにて、「ラジオマイクの高度化」というテーマで検討した、電波法の改正がありました。これにはいくつかの内容がありますが、A型ラジオマイクとしては、イン・イヤー・モニターを組みこむことがテーマでした。その中の検討過程で、ラジオマイクに求められるニーズとして、音声の高品位化や、より多くのチャンネル運用が挙がりました。
これに対する解決方法として、通信・伝送のデジタル化が検討されました。当時は、遅延が10msecを超えるなど、実用に耐えられない状況だったため、遅延の解決などの課題提起までを検討報告書にまとめて終わらせていました。
2003年に入ってから、メーカーが研究を続けた結果、音声の遅延が5msec程度の実用域に入ってきたことから、ARIBラジオマイク・ワーキンググループで、改めてデジタル化について検討を開始し、ワイヤレスマイクメーカー4社が、それぞれの方式で実験局を申請し実用性の実験・評価をARIBの検討として実施しました。
2004年度末に実験を終了し、その総合的な評価結果として、十分実用に耐えるものとして評価されましたが、音声の遅延については、アナログが優れているところとして言及されました。
この実験結果を元に、現在、ラジオマイク・ワーキンググループでは、検討結果のとりまとめのフェーズに入っています。この会のメンバーとしては、放送局各社様、特ラ連様、メーカーが加わっています。
今後のワイヤレスマイクは、デジタル方式とアナログ方式の併用により、高品位音質、多チャンネル、さらに秘話というような特性を、使用目的に合わせてチョイスしていくような自由度の幅が大きいシステムになることが推定できます。
例えば、
・出演者が少なく、しっかりした高品位の音声で収音したい。
・ある程度の音質で多チャンネル運用いたい。
と言うようなことです。
また、電波を利用しているワイヤレスマイクを使用する際に、注意しなければならない外来ノイズは、同じワイヤレスマイク同士であれば、特ラ連の運用調整で回避できても何らかの電子機器や、強力な無線機器からの影響は予想も難しく回避も困難ですが、デジタル化されれば、アナログFMのように直接ノイズとなって音声に混入することは無く、耐えられる混入の度合いも、3〜10倍程度強くなることから、もしもの時には、有利に働く可能性が高まります。
今後も、この目に見えない電波を、より安定させ、安心して使用できるような技術開発がメーカーの使命と認識し、ユーザー様とのキャッチボールを繰り返してワイヤレスマイクを進歩させていきたいと思います。
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五味 貞博 |
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経 歴
1961年生まれ
1984年 松下通信工業株式会社 入社
2002年 松下電器産業株式会社へ社名変更
現 在 特ラ連賛助委員長、ARIB規格会議
ラジオマイクワーキンググループ リーダー
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