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「私のワイヤレスマイクとの関わり」

涌井功様小生、現在、音響設備工事業務に携わっております。紆余曲折を経験し、気が付けば30年目に差しかかっている事に気付き、唖然とするばかりです。ちょうど二十歳にこの業界に足を踏み入れました。ミキシングがしたい!音響機器を作りたい!と、どこまでも届くレーザービームの様な希望を胸に抱き、一途な想いに満ち溢れていました。入社直後の20代前半の頃、音響設備工事のセクションに配属されて、記憶に残っているのは、厳しい搬入条件下、ダンボールで梱包された重い音響機材を手運びした事や、一歩足を踏み外してしまうと20m下に落下してしまう様な高所での重いスピーカーの取り付作業や、猫しか入れないかも知れない狭い経路での通線作業や、コンクリート粉塵舞い散る中での配線端末処理半田付け作業まで、音響設備工事屋さんは、音が出るまでが過酷なのね〜。動作・音出し時期になると別のエンジニアが後からやって来て、音出し調整をし始め、自分は足早に別の現場へ向かわされる。音が出る所からは、音響設備工事屋さんの範疇じゃ無いのね〜、と勝手に悶々としていた頃でした。その頃のワイヤレスマイクと言えば、設備の現場では、まだトーク用の物しか無く、歌や芝居に使えるレベルでは無かったと記憶しています。
 20代後半のころ、配属がライブPAセクションに変わり、現場での仕込・撤収を繰り返す毎日。そんな折、とある売れっ子女性歌手のマイクケアとケーブル介錯を任される事となり、それはもう地に足が付いていたかどうか?殆ど舞い上がっていました。自分の手で充分過ぎる程暖められたマイクを直接手渡すと、袖から飛び出す彼女のステージングに合せてケーブルを操る。彼女が遠のくとケーブルを送り出し、彼女が近づけばケーブルを引き戻す……その2時間あまりの駆け引きの間、彼女と私は確実に白いマイクケーブル1本で結ばれていた?と勝手に妄想を膨らましていたあの頃。また本番中の彼女が時々袖にいる私を見る!それも1回ではなく何度もチラチラッと1秒程顔全体を私の方に向けて私を見るーッ!“あなたの介錯いい具合よ……”と思いつつも、舞台監督の指示をチェックしていたのは言う迄も無い事でした。この時、現在の様にワイヤレスマイク全盛だったのなら、あの大きな勘違いの夢見心地のひと時は、生まれていなかったでしょう。歌い手と言うのは、ライブでは、かなりの緊張の中、自分の歌に集中して歌詞を間違えない様にとか、リズムやメロディーを外さない様にとか、次の立ち位置への移動などを気にしながら歌っています。他からの要因で気が散る事を非常に嫌がるのは無理もない事で、ケーブルへの気遣いの無いワイヤレスマイクが好まれるのは当然の事だと思います。
 30代の頃に、再び配属が音響設備工事セクションへ戻り、ハード設計・製作に身を染めていました。現場はコンスマーから舞台関係までと多岐に渡っていました。コンスマー向けのハード設計・製作を行なっていた頃、とある不具合に巻き込まれユーザーサービス対応に追われながら全国を飛び回っていた時期があります。その頃に得た教訓は、“人は他人のミスに対しては非常に厳しい”と言う事。不利益に繋がる事なので当たり前ですが、エンドユーザーに非常に近い全国規模店舗だった為か、訪問する店舗の先々で怒涛のように怒鳴られまくっていました。ワイヤレスマイクでも使う人がプロでは無かったりして、逃げただけでも苦情が出るあり様です。そして20年程前の電波法改正が思い起こされますが、今まで使用していた、ワイヤレス機材が使用不可能となり、新しい帯域への機材更新を余儀無くされた事を苦い話として今でも耳にします。顧客側はその余計な経費を喜んで出す訳はなく、当然のごとく我々販売設置業者側に怒りの矛先を向けます。何で買い替えなければならないのか、お叱りをいただいた事を想い出します。
 最近、専門のワイヤレスマイク屋がいてもいいのでは?と思う事があります。鮨屋がある様に、自分が納得できるネタを市場で仕入れ、顧客の満足が行く様に提供する。音響設備業界的には、市場がワイヤレスマイクメーカーで、調理(ハード設置〜調整)を行なう我々音響設備工事屋が鮨屋に相当するのでしょうか?たまに海が時化ると魚が獲れないばかりか自分の仕事も無くなる。昨今の電波状況はと言うと、携帯電話の運用増加の影響か?、ラジオマイクの電波の回りが混んでいる様な気がします。電波測定的にも、その影響であろうと思われる影響が確認されはじめていて、安心してラジオマイクが使用(販売・購入・使用)し続けられる環境が維持されるかどうか心配しています。電波という海原が時化ればワイヤレスマイクという魚は自由に泳ぐ事ができずに、また脂が乗っていなければ食べた時にも美味くない訳です。是非、電波という海原が時化無い事を願います。
 さて、舞台音響において無くてはならないワイヤレスマイク、アメリカではエンターテイメント向けに専用の帯域を確保していると聞きます。昨年とある有名な海外ミュージカルが日本で上演された際、そのステージングを間近で拝見する機会に恵まれました。男女キャストが全員ダンスレオタードにもかかわらず、2ピースマイクロフォンやトランスミッターがその形も影さえも見せない、そのインストールの完成度の高さには目を見張るものがあり大変驚かされました。日本国内でも既に様々なコンサート・ミュージカル・芝居・イベントなどで、ワイヤレスマイクが文化的表現には欠かせ無い物となっている事を今一度、皆で再認識して今後のあり方を一層考えて行かなければならないと思います。そして、私の切なるお願いとして、電波法の改正も含め、全体的に良い方向に進む事を願う今日この頃です。

略歴(80年 潟Tウンドクラフト入社、現在に至る)

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