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平成21年 特定ラジオマイク利用者連盟 通常総会 セミナー

日 時:平成21年6月11日(木)
6時45分〜17時55分
場 所:北区北とぴあ 14F瑞祥の間
出席者:69名
テーマ:「音響教育の現場から」最近の学生の動向と現状について
講 師:学校法人 東京芸術学園 音響芸術専門学校  理事・教務部長 菊田 俊雄氏

菊田さんは、早稲田大学理工学部卒業後、長年キングレコードで録音業務に携わってこられました。その後、旧音響技術専門学校時代から後進の指導に当たられ、音響関係の業界へ優秀な人材を送り出してこられましたが、教育者として少子化時代にどのように対処されているかを中心にお話していただきました。(なおこの記事は紙面の都合上、当日の講演の一部であることをお断りしておきます。)

本日はお招きいただきありがとうございます。
振り返ってみますと私の人生のうち最初の約40年間は レコード録音の分野で,あとの20年間は教育現場で音と関わって参りました。
 レコードの録音ではSPレコードの「蝋盤吹込」と言われた厚さ3cm程のワックス原盤への録音もしましたが,その後マスター録音に磁気テープが実用化されLP盤も出現して,ステレオ録音,マルチトラック録音からデジタル録音へと時代は移り変わって参りました。しかし,ワイヤレスマイクだけは全く縁が無かったので,皆さんにお話をする内容を持ち合わせていないのが本音のところです。
 そのような訳で本日は切り口を技術の話ではなく教育の現場から,最近の若者の傾向と現状について,私共が若い人達と日常どう接しているかを,皆様にご報告すると共に苦労の一端をご紹介したいと思います。

近頃は日本の人口減少問題が話題となっていますが,特に若年層の減少は将来への大きな課題となっています。一方,若い人達の高学歴化は以前に比べるとかなり進んでいて,高等学校卒業者の2/3が大学,専門学校等の高等教育機関へと進んでいるのが現状であります。
 進学率だけを見ると大学進学数が増えたように見えますが,若年層の人口減少を考えると絶対数は下がっていますので,一流大学を除くと,どこの大学も定員割れが日常茶飯事となっています。専門学校の方は更に落ち込みが激しく,当校においても一昔前に比べると学生数は半分位になっているのが現状であります。
 ただ当校の場合は高等学校を現役卒業した18才の学生は,ここ数年入学者全体の半分位しか居りません。残りの半分は大学卒業者や社会人,或いは昼夜をダブルスクールで大学通学と両立させている人などですから比較的他校よりも平均年齢が高いのが特徴です。また,一昨年より学校名を音響技術専門学校から音響芸術専門学校へと校名を変えて,声優など演じる側の役者志望の学生と演出や技術の裏方志望の学生とが,お互いに協力して作品創りや一歩進んだ研鑽が出来る環境を整えて,お陰様で好評を頂いています。

さて,最近入学してくる学生の傾向ですが,ゆとり教育の影響もあって年々学力の低下が心配されています。これは専門学校に限らないことは皆様ご承知の通りであります。
 本来,専門学校は職業人としての技術技能を養って現場で直ぐに役立つ人材を輩出するのが役目であって,大学教育における真理の追究や学理,研究といった目的とは一線を画しています。
 しかし,基礎力の強化については非常に大事だと考えています。そのためには数学や電気の基礎について特別なカリキュラムを設けています。
 また,専門教科の中でも,例えば DAWについては,キーボード操作からプロツールズを使いこなせるまでの技能工程を8段階に分けたステップ・バイ・ステップの授業を行っています。テストと自由練習とを組み合わせた内容のため学生はステップ1つ合格する度に大喜びをしています。

そうした点で注目しているのが最近の留学生の状況であります。
留学生全体の数については,この10年間で2倍以上の12万人に達しています。
当校への入学者の傾向としては 韓国からの留学生が多く,特に4年制の音楽大学出身者が目立っています。
日本語もしっかり出来て,日本人以上のレベルの人がいることに感心というか驚きを禁じ得ません。日本語の完璧さ,熱心さ,理解力,言葉遣いや礼儀など,今までの日本の教育で忘れてきた部分を見たような気がしました。
ただ小数ではありますが 日本語に対する理解力が不十分なため,成績が下位に留まる者もいて,両極端に二分される傾向にあるように思われます。

さて一方就職については,ご承知のとおり昨今の不景気のさなかにあって苦労しているのが現状であります。

 専門学校は職業訓練校的な意味もあって比較的高い数字ではありますが,昨今の状況を考えると本年度は下がる傾向にあると思います。
当校での状況は就職希望者の90%近い人が職に就いていますが、この図は昨年度の就職先の業種分類です。就職活動は卒業間際になって始める者が多く,卒業後に決まる人数も少なくありません。

 社会に役立つ人材を育成するにはどうすればよいか。
この課題は教育する立場の永遠のテーマですが,当校では創立以来,次の4項目を教育使命と考えて参りました。

  1. 専門性の高い知識や技能を身につけさせる。
  2. 芸術的感性や人間性をはぐくむ。
  3. 社会人としての常識や責任感のある人材を育てる。
  4. 希望や適性に合った職種,職業に就かせる。
つまり,社会に出て職業人として通用し役立つ人になって欲しいと願っている訳であります。

“鉄は熱いうちに鍛えよ”という諺があります。
入学直後の心構えや行動はその後の取組み姿勢に大きく影響すると考えています。そのために毎年入学して10日以内に1泊2日の研修旅行を行っています。
 ここ数年は入学者全員が御殿場まで移動して、空気のいい所にある研修設備をお借りして,気分を変えた所で実施しています。
 研修の中身は講話やオリエンテーリングなどであって,講話は5~6人の講師が担当します。それぞれ10分程度の話をしますが,学生は話の要旨と自分の意見をレポートに書き提出します。ここでは話を聞き,書き留め,意見を述べる力を重視しています。
 例えば“プロフェッショナルとは”というテーマで,プロとアマとはどこが違うのか,などです。
 一般的に,「プロ級だね」とか「プロを目標に技を磨く」などと技術技能の高い人を指して言われていますが,皆も上手な人がプロで下手な人がアマだと思っていませんか,と問います。
 本当はアマチュアにもプロ以上の技を持った人がいるのだ,と決めつけると「本当かなあ」といった顔をします。
そこで自分の趣味や興味のために技を磨いている人はアマで,仕事を通じて何らかの価値を生み出せる人がプロなのだ。つまり,技だけではないのだと説明すると,ほとんどの学生は納得すると共に,これからプロを目指す自分たちの心構えや目標がはっきりしたとレポートに書かれていて,ただ好きなだけでは駄目なことが判った などと述べています。
 そのほかの講師からは,挨拶の重要性や,小学校の先生を辞めて入学して,27歳で卒業したとき,就職活動では大変苦労をしたが“志あるところに道あり”というのが彼の信念であって,それを貫いた結果,現在はあるスタジオの責任者として活躍している先輩の話などをして,入学直後の彼等にとって少しでも将来の希望へ繋がってくれればと期待しています。
 挨拶の大切さは今まで学校では言われたことがなかった,という学生もいて,最近の若い人達の人間関係をつくるのが苦手なことと関係しているような気がします。どちらかといえば自分から積極的には声を掛けない,人見知りの強い傾向が一般的な風潮のようであります。
 オリエンテーリングでは約3kmのコースに11箇所のクイズスポットを置いて,数人を1グループにした仲間で解答を考えながら,競争させています。
クイズでは,例えば“フラミンゴはなぜ片足をたたんで立っているのか”などとたわいのない内容です(両足をたたむとこけるから)。これによって一気に仲間意識が芽生えてきて,その後のチームワークにもいい影響があるようです。
昔から五月病と言われていた入学直後の退学者ですが,皆無になったのはその表れと喜んでいます。

私どもは小さな学校でありますので学生達と職員が二人三脚で試行錯誤を重ねながら,時代にあった人材育成を心掛けております。
 私が現場で仕事をしていた頃は,音をつなぐと言えばスプライシングテープと鋏で緊張した訳ですが,今やマウスで失敗することもなく簡単に出来てしまう時代となりました。神経を使わなくても済むことは望ましいことではありますが,微妙な音の違いや感性をどう育てればよいか,まだまだ課題もありそうです。
 お陰様で当校も36回目の卒業生を今春社会に送り出させて頂きました。過去36年間の卒業生は,それぞれ責任ある仕事や 或いは 既に定年を迎えた人もいます。
 改めて皆様のご支援に感謝するとともに,今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 本日は音響芸術専門学校の菊田さんに教育者としての立場から、少子化という重要な社会問題をどのようにとらえ対処しているか、具体的な例をあげられ大変分かりやすく解説していただきました。ご多忙のところ有難うございました。

(吉田、大野)
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