◆プロフィール (1)
1965年、北関東の田舎の高校を出て早稲田の演劇専修に入学したものの、芝居のバイトに入れ込んで深みにはまり、親は授業料を6年間も払い続けたが、出席日数の決定的不足からあえなく除籍。以後バイト先のサウンドクラフト社でサラリーマン生活を開始する。社員番号3番。
★選曲効果屋時代
この業界に入った初めは芝居のオペレートだったんですが、そのかたわらでミキシングや選曲効果の仕事をやるようになりました。岩波映画や学研の企業スライドやPR映画、TV-CFなどです。東芝の家電製品の最新情報、ジェット旅客機のエンジン整備のやり方、いすゞのトラックのあれこれなど必要以上に詳しくなりました。
音素材の収録でデンスケをかついであちこち出かけました。お世話になったのはなんといっても、SONYのF-91Cですね。長さが30pくらいのマイクで持つ所が黒色でその先が銀色、金属製の風防をつけた形からねぎ坊主と呼んでいました。インタビューをする時に手を延ばさなくても、ちょうど相手の口元近くまでマイクが届くので便利なマイクでした。
当時はモノラルでの仕上げがほとんどで素材もモノラル主流でしたが、だんだんステレオの時代になってきて、効果音収録もステレオになってきました。よく使っていたのがSENNHEISERのMD-211という長さが10pほどの無指向性マイクです。これですとマイクハンガーを使わずに交差させた2本をじかに片手で持てますので機動性に優れているのです。触感がまたグッドなんですね。日本やアメリカ製のマイクにはない、有名なヨーロッパのクルップ鋼はこれだ! というようなしっとり感があるんです。
野外録音はいろいろ出かけましたが、相変わらずへたで、海岸に寄せる波は陸から海に向かって録音するのでは無く、海の上から陸に向かってマイクを向けるといいとか、ビルの壊れる音はマイクを壊すつもりで木屑や砂粒にごりごりとこすりつけて録音するんだ等とは思いもしませんでした。
◆プロフィール (2)
B級CMの選曲効果年間最多記録を更新しつづけた日々だったが、1976年頃、スタジオ部からPAを担当する制作部に移動。
★PA時代
CMというのは嘘の世界です。ゴルフCFでアイアンだろうが、ウッドだろうが、どこの製品でボールを打っても、決まりの「カキーン」はひとつしかOKになりません。どうせ嘘をつくのなら、最初から虚構の世界でつこうとコマーシャルから足を洗って舞台の世界に戻りました。
辻村ジュサブロー、長嶺ヤス子、小松原庸子スペイン舞踊団、弱小新劇、子供産業ミュージカル等々の非採算クライアントが多かったので、コンデンサー系やガンマイクなどの高価なものはなかなか使えませんでした。
いちばんなじんだのはSHURE SM-57ですね。
フラメンコの足音はダンサーの重要な見せ場のひとつです。この音をひろってPAするフットマイクにSM-57を使いました。まだAMCRON
PCC-160とかのバンダリーマイクが普及していないころです。SM-58のようなソフトクリーム型ではなくて単なる棒状で、会社にたくさんあるので自由に使えて、しかもあまり大事にしなくていいマイクということでこれにしました。
ブロードウェイのミュージカル劇場でやっていたもののパクりです。舞台前の床にウレタンかスポンジの座ぶとんをしいてそこにSM-57をごろんと寝かせます。その上にまたスポンジを敷いて動かないように黒いガムテープで押さえます。57のどらやきですね。
このマイクは息の長い名器でアメリカ合衆国大統領のスピーチ用としても2本重ねで使われて、2本用のマイクホルダーが市販されています。
マイクをダブルにする意味は1本が死んでも大丈夫なようにでしょう。そう言えば旧ソ連や北京、ピョンヤンでは人民大会堂のようなところで偉そうな人が、同じ形のマイクが前にずらりと10本くらい並んでいる演壇でよく演説していましたが、なぜそんなにマイクの数が多いのか、あのマイクたちのコードの先はどこにつながっているのか、いつも不思議に思っていました。共産圏にはひとつのものを分配すると言う概念が無いのでしょうか。
昔、三宅坂の社会党本部が入っていた社会文化会館のホールで、持込無しのオール劇場機材で芝居をした事がありましたが、小屋の人に「朗読用のマイクをプロセニアムスピーカーから出したいのですがどこにつなげばいいですか?」ときいたら、「プロセは左右とまん中の3つあってそれぞれのマイクコネクターが舞台奥の壁についてますから使いたいスピーカーのところにつないで下さい」と言われて、3つとも使いたい時はどうすればいいのかなと考えてしまった事がありました。
◆プロフィール (3)
1996年、渋谷オーチャードホールの音響管理部門に出向。
★小屋付き時代(進行形)<BR> これまでのPA仕事と小屋付きの仕事はかなり違うので面喰らいましたが、ここには外の人の知らない仕事が山ほどあって忙しい毎日です。オーチャードでは小屋付きの音響スタッフが依頼されるPAや録音が、簡単なものとはいえ数多くあります。クラシックコンサートでのおしゃべりPA、なまのオーケストラで演奏しているオペラやバレエの舞台への返しPA、そして記録録音です。クラシックコンサートの録音は依頼する側に「小屋付きがおこなう記録録音」という思い込みがあるので迅速簡便と付帯設備費の安さが要求されます。マルチマイク方式なんてとんでもない、ステレオ用のマイクを吊って、それだけで収音します。NEUMANNのUSM-69iやSCHOEPS CMC-65と68のMS方式、CMC-62、CMC-64のXY方式などいろいろと試みましたが今はAKGのC-414のXY方式が気に入っています。その理由は、MS方式はどことなくだまされているという感じがするのと、マイクの振動板の大きさで414がお得かなということです。振動板が大きいとなにかと多目的に使えて便利です。
同じような大きさの振動板でElectro-VoiceのRE-20というダイナミック型のマイクがあります。ドラムのキックと歌番組の司会者のビジュアルマイクとして名が知れていますが、これをできるだけ掻き集めてオーケストラのPAに使った事があります。1990年の大阪の花博メイン会場で歌舞伎界のトップ達200人以上が春夏秋冬を和楽器の集団と西洋楽器のオーケストラの伴奏で踊ってしまうという企画で楽士も100人を越す規模。もちろん舞台の上にしか屋根のない野外ステージなので、雨と風は自然のなすがままという環境です。国立劇場の高橋嘉市さんが全体と和楽器集団の音響プラン、私が音響スタッフと機材の仕切りと西洋楽器オーケストラのプランという分担で、実行部隊は東京の国立劇場と大阪の文楽劇場、東京のサウンドクラフトと大阪のサイレントからのピックアップメンバーという編成でした。そこでオーケストラの弦も木管も金管も打楽器もぜーんぶRE-20でPAしました。自分で言うのもなんですが、なかなかよかったですよ、このマイクは。風にも強いし、余裕のある、あったかい音でした。
ISOMAX-2-O(COUNTRYMAN)
私がオーチャードに赴任したときにはホールの機材としてすでに4本ありました。楽器のコンタクトマイクとして使う例が多いのですが、貸出し用としてもほとんど出ないマイクです。これをチェンバロのPAに使いました。
モーツアルトのフィガロかなんかで、オケピットのチェンバロだけをPAしたいがマイクが立っているのはダメ。でも何とかして欲しいという虫のいい注文でした。有りもののマイクの中で選んだのがISOMAX-2-Oです。チェンバロの弦の上で鍵盤よりの位置に、東急ハンズで買って来た細い角棒に黒紙を貼ったのをわたして、高音向きと低音向きの位置にバインダ線でガイドを巻き付けてマイクのコードをビニールテープで固定しました。ピットを覗き込んでも普通のお客さんからは気付かれません。音もアップでよく拾います。でもそのままスピーカーからPAするとアップの音のまま出てしまうので要注意です。私たちはチェンバロを数メートル以上離れた位置から聞いているのが普通です。弦から10pの位置に耳をつけて聞いているわけではありません。音が違います。気をつけてPAしないとまるで楽器にもぐりこんだ親指トム状態。
このISOMAX-2-Oをオペラの録音用フットマイクにしたこともあります。まだ、audio-technicaも、SHUREもSCHOEPSのコレットも手に入れていない頃でした。照明さんから防熱用の金属コーティングした紙をもらって、小さく3p四方に切って、マイクの傘になるように舞台の端にガムテープで固定します。その紙の前にマイクが立つように針金でガイドを作ってマイクのコード部分をビニールテープで固定します。紙がマイクのバッフル板の役目をして、小さな集音マイクのようになります。2000年1月の藤原歌劇団の「ルチア」でやってみましたが、結構まともな音でした。
SCHOEPSのコレットシリーズマイク
これもCMC-56が3本ありました。これをだんだん増やしていって今では1ダースを越えました。プリアンプはCMC-6#にしています。このマイクの良いところはマイクカプセルとマイクアンプが別製品になっていて別売していることです。1本18万円のマイクを買うのは難儀ですが、1本9万円のマイク部品を2個買うのはOKという場合もあるのです。分割できないAKGのC-414は何本でも欲しいマイクですがバーゲンセールでもなければ買えません。
そしてコレットシリーズのもうひとつの利点は、たくさんあるおもちゃのようなオプション部品を使って、普通の棒マイク以外にマイクカプセルだけ延ばしてフットマイクや吊りマイクにも出来るという点ですが、いかんせん、いいお値段です。それさえなんとかすれば、楽しいマイクです。
SENNHEISER MD-908
グーズネックの単一指向性です。言葉の子音をきれいに収音できるので、常にナマでやっているオーチャードの場内アナウンスやちょっとしたスピーチに使っています。
マイクメ?カーのうちでもSENNHEISERのようなドイツ語圏のメーカーはドイツ語をきちんと収音できるマイクを目指すのだと思います。試作マイクのチェックはドイツ語で行うということです。アメリカでは米語で、日本のメーカーは日本語でマイクチェックをしながら開発するのでしょうね。
それでいえば、西欧語と発音のしくみがちがう日本語用のマイクはやはり日本のメーカーの作るものが一番という考え方が出来ます。
楽器もそうですね。昔、東芝のG-ベロが業界から消えたときに邦楽の三味線をどのマイクでひろえばよいのか困りました。SONYの38シリーズが跡目を継ぎましたが、今はどうしているのでしょうか。
マイクロホンは面白い機械です。単なるツールでもありません。
マイクの製造も、いい設計をすれば必ずいいマイクが出来るわけではありません。
なぜか知らんがいいマイクが出来ちゃったという話ばかりです。
そのうえ、生産国の「お国柄」がデザインや感触、そして音色に出るのです。
日本のマイク、アメリカのマイク、ドイツのマイク、そして某国のマイク。
飽きがきませんね。 |
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