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第13回
  
 古澤 誠 
はじめに
 私が最初にマイクを手にしたのは高校生の時で、高校の放送委員会がマイクを購入するのに関わったことから始まりました。それは、アイワのリボンマイクで、高価で重たく扱いが難しかったですが、音も良く、講堂で行われた集会や発表会など多くの行事で使われていました。以来、生涯、マイクと関わっていくことになるとは思ってもいませんでしたが、NHKで番組制作を生業としたことから、マイクとの切っても切れない縁が始まりました。

見よう見真似の時代
 1970年代中頃、当時の駆け出しのミクサーは、まずラジオのトーク番組やディスクジョッキー番組の録音をする仕事を担当するのです。小さなラジオスタジオのアナウンスブースには、東芝のリボンマイクRB-2が1本だけ。アナウンサーとゲストが向かい合わせで座り、真中にRB-2を置き、声の大きさの差は、マイクを微妙に近づけたり遠ざけたりして、バランスのとれるマイク位置を決めていくのです。音声卓の音量調整器は丸型のものもあり、イコライザやコンプレッサなどという便利な機能は付いていない時代の収音テクニックです。先輩たちのこんなやり方を、最初はまねをしながら徐々に自分のものにしていったのです。しかし、この方法が意外とよい結果が得られるのです。長時間の収録でも最後までバランスは崩れないし、仮にディレクタがNG部分を如何様にカットしても編集点で音の段差ができないのです。まさにシンプル・イズ・ベストです。
 そんな中で、大物アナウンサーの一部には、私の声はノイマンのU-87でとってくださいと、自分の声をとるマイクの種類を決めて、マイクの位置も指定してくる人もいました。こんな時には、音楽収録スタジオから、先輩に頭をさげて、U-87を借りてこなくてはならないのです。マイクの種類も数も十分でない時代に、自分の声をとる道具にも拘る職人気質が生きていた頃の話です。


先輩の話
 何年か経つと、出演者3〜4人のテレビ番組の収録を担当する機会が増えて、扱うマイクの本数も増えていくのですが、ここで大きな壁にぶつかることになるのです。音声は一人でこなすためには、出演者3〜4人に無指向性の仕込みマイクをつけて、副調でテレビモニターに写っている出演者を見ながらそれらをミックスするのですが、上げ遅れたりバランスがとれなかったり、最初はこれがなかなかうまくいかないのです。こんな時、「まずは誰がいつ喋りだすか出演者の動きを先読みするのと、次に無指向性マイクの特徴をうまく使ったミックスをすることだね」と先輩はよく言っていました。

ロケ用マイク
 ロケに使用するマイクは、仕込み収音用にソニーECM-50Nが2本、三研マイクロフォンの無指向性ハンドマイクMO-211が1本とゼンハイザーのガンマイクMKH-415Tが1本の計4本が標準セットで用意されていました。実際に音をとるのは、椅子に座ってのインタビューでは、ECM-50Nを仕込んで使いましたが、動きながらの収音は、MKH-415Tたった1本で全ての音をとっていました。アナウンサーのリポートもインタビューもMO-211を1本だけで音をとるのです。静かなところではマイクは口から離して、騒音の大きい場所ではマイクはオンにして、ゲストの声をとるのはマイクアレンジでフォローが一般的でした。「マイク1本をコントロールできない者は、2本以上のマイクのミックスは難しいね」とよく先輩には言われたものです。右手には籠風防とグリップのついたMKH-415Tを握り、肩から吊るしたナグラを左手で操作し、カメラが回るたびに画と音のタイミングを合わせるためにカチンコと呼ばれる画と音を記録しながら、フィルムカメラマンに付かず離れずロケをしていくのです。1回撮影はフィルムの長さの制限から3分で、インタビューはそれまでに終わらせなければなりません。

ロケ機材のビデオ化
 1980年代になると、ロケ機材のビデオ化が始まり、画の記録はフィルムからビデオテープに変わっていき、機材も小型化して収録時間も操作性も格段に向上したのです。そして、これに合わせるようにテレビ番組の作り方も大きく変化していったのです。フィルム時代にはドキュメンタリー番組や教育番組など1部の番組でしかロケを行っていなかったものが、ロケ機材がビデオ化されたことで、スタジオ収録のビデオ映像と簡単に編集が可能となったことから、ありとあらゆる番組制作でロケが行われるようになっていったのです。
 また、同じ頃報道現場でも、フィルム取材から小型ビデオカメラを使ったENGや通信衛星を使ったSNGが急速に普及していったのです。このような局外でのビデオカメラを使った収録や取材の大幅な増加に合わせるためには、既存のフィルムロケ機材をビデオカメラに置き換えただけでは間に合わず、新規に大量のビデオカメラを導入して番組制作やニュースに対応していくことになるのです。このような時代の流れの中で、NHKだけではなく、民間放送局も関連するプロダクションもいっせいにビデオカメラを導入していったのです。
このことが、どうしてマイク、中でもワイヤレスマイクと関連してくるのか、とお思いでしょう。
ワイヤレスマイク
 1980年頃のワイヤレスマイクは、400MHz帯の微電力と呼ばれるもので、大きなテレビスタジオでも8波、中規模以下のスタジオには配備されていないところの方が多かったと思います。ロケは16ミリフィルムが中心で、放送局に1〜2波割り当てられているラジオマイクの周波数を使って、送信出力10mWの小型の送信機を特注で造ってもらって使っていました。ミニラジオマイクと呼ばれているものです。各放送局ともロケ番組の数が少なかったので、これで対応できていたのです。

 実は、ロケがフィルムからビデオに変わっていくのとほぼ同時期に、マイクはコード付きのものから、ワイヤレスに急速に変わっていったのです。ロケを行う番組の種類と本数が大幅に増加する中で、取材時に自由に動き回れるワイヤレスマイクは、どの番組からも引っ張りだこで、ロケの必需品となっていったのです。ところが、放送局に免許されているラジオマイクは、各放送局とも1〜2波で、ニュース報道から中継番組の制作までを賄っているため、Vロケ用に数多くをまわせない状況にありました。また、テレビスタジオで主に使われていた400MHz帯の微電力ワイヤレスマイクでは、混信したりノイズを拾ったりして、屋外で安心して使えるような状況ではなかったのです。
 このように、ビデオロケでワイヤレスマイクの要求がピークになっていた1989年に、新しいワイヤレスマイクに関する「電波法施行規則改正省令」が施行され、800MHz帯のワイヤレスマイク(正式には特定ラジオマイク)が番組制作に使えるようになったのです。以降、各放送局は関連するプロダクションをも含めて、ものすごい勢いでビデオロケ機材にワイヤレスマイクが導入され、Vロケの音声収録は格段に便利になっていくのです。また、劇場でも使用が認められたことから、全国の多くのホールでも800MHz帯のワイヤレスマイクが数多く使われるようになりました。

混信障害
 ところが、一方で、原因が特定できない混信障害が年々増えてきているのも事実で、どこでも対策に苦慮しているのが現状です。
 渋谷のNHK放送センター周辺には、ロケーションの場所としては非常に人気の高い、公園通りや代々木公園があり、毎日数多くのビデオロケが行われており、また東隣には代々木体育館があり多くのスポーツ中継とイベントが一年を通して行われています。
 まず、放送局の800MHz FPU(Field Pick-up Unit)送信機による混信障害ですが、送信出力が5Wで、ワイヤレスマイクの10mWに比較して非常に強力なため、障害から逃れることはできません。しかし、800MHzのFPUはマラソンなどの移動中継で使われることが多く、使用情報は事前に特定ラジオマイク利用者連盟にも連絡されていますので、混信が心配される場合は、特定ラジオマイク利用者連盟に問い合わせしてみるのも良いでしょう。
 次は、ワイヤレスマイク同士の混信です。同一チャンネルを近くで使った場合は、間違いなく混信します。しかしどちらかがチャンネルを変更すれば、比較的簡単に問題は解決します。ワイヤレスマイク同士の混信で厄介なケースは、スタジオやイベント会場で10波以上を同時に固定受信している時に、使っていないチャンネルの電波からビート妨害を受けた場合です。ジュルジュルというノイズなど現象は様々ですが、相手の送信内容が判別できないことが多く相手の特定が非常に困難です。こんな時には、コードつきのマイクなど予備マイクへ切り替えるなどの手段で対処するしかありません。放送や収録が終わってから、原因を調べようとしても、相手はすでにその場を去った後で、障害は再現せずに、悔しい思いをするものです。

AX(A2)帯は混信しないという迷信
 最近「AX帯は混信しないから、AX帯のワイヤレスマイクを買ったらいいよ」とよく耳にするようになってきました。屋外で使用するものが、徐々に増えているように思われます。現在AX帯のワイヤレスマイクが全国にどのくらい在るか正確な数はわかりませんが、AX帯でもワイヤレスマイクの混信障害が起き始めているのです。
お互いに、注意して、混信を起こさないようにしたいものです。

デジタル・ワイヤレスマイク
 現在、数社の実験機に予備免許を受けてフィールドテストが行われており、その結果を踏まえて基本仕様が決められて、近い将来高性能で多機能な実用機が登場してくるものと思われます。その時、現行のアナログ・ワイヤレスマイクをデジタル・ワイヤレスマイクにいかに移行していくのかを、今から考えておく必要があると思います。デジタル・ワイヤレスマイクが占有できる新しい周波数帯を割り当ててもらえることが理想ですが、そう簡単にいくとは思えません。最も考えられるのが、現在のA帯とAX(A2)帯をそのまま使って、装置だけをデジタル・ワイヤレスマイクに置き換える方式です。この場合、アナログ・ワイヤレスマイクとデジタル・ワイヤレスマイクが相当長い期間混在することになり、A帯とAX(A2)帯の両方でアナログ変調とデジタル変調の2種類の電波が、入り乱れて飛び交うことが予想されます。混信妨害をいかになくしていくかが課題になっていくと思います。

 何かとりとめのないことを書いてしまいましたが、読み流していただければ幸いです。
50年前に特殊機材の一種として番組制作に登場し、40MHz帯から400MHz帯、800MHz帯のアナログ・ワイヤレスマイクを経てデジタル・ワイヤレスマイクの時代に向かおうとしています。高性能で多機能なデジタル・ワイヤレスマイクの実用化とスムーズな移行に向かって、みんなで知恵を出して、最善な方法を探って行きたいと思います。

古澤 誠
昭和46年4月 NHK入局
昭和50年7月 制作技術局で番組制作に携わる
       編成局、松山放送局、NHKテクニカルサービスを経て
平成15年6月 放送技術局報道技術センター中継技術チーフエンジニア
 
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