阿部 富美男     
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 「マイクロフォン」普段は何気なく口にしている音響機材のような気がする。ホールにいて「今日の催し物は何かな?どんな年齢層で、男性が多いのか?女性が多いのか?それとも・・・」と考える。特に楽器の音を録るとなると、ホールにあるマイクロフォンでどれを使用したらいいかもっと悩んでしまう。
まず、考えることは
 ホールを訪れたとき、そこにあるマイクロフォンはどの場所にどう使い、どんな種類で、特性はどの程度必要なのかを考慮に入れて設備されているだろうかと考えてしまう。
 全国の大半のホールでは、技術者が採用される前に予算先行でマイクロフォンが設備されているように思われる。肝心なのは開館後そこのホールにはどんなマイクロフォンを設備していけばよいのか、ということで、ここから音響技術者の腕の見せ所である。
 マイクロフォンには、ハンド型、据え置き型、コンデンサー型、ダイナミック型、ベロシティー型等があり、そこのホールではどんなマイクロフォンを使用したらいいか・・・と考える。
 年間を通じて開催される催し物の中で最も多いジャンルに合わせてマイクロフォンを揃える方法や、ホールの建築音響を考慮して揃える方法などの外的要素で決めることもあるが、一般的には性能(音質、指向性、周波数特性、ハウリング特性、ダイナミックレンジ等)で揃えることが多いようである。また、ホールでの催し物には常に取り扱いに慣れた人が使用するとは限らないため、誰が使用しても壊れにくい堅牢性が求められる。性能プラス堅牢さを基準にして、催し物や建築音響に合ったマイクロフォンを設備することがよいのではないだろうか。
 現在は、コンデンサーマイク、ダイナミックマイクが主流である。コンデンサーマイクがまだ普及しておらず、G型、C型等のベロシティーマイクが主流の頃は、それを「叩く、吹く、倒す・・・」なんてことがあったらミキサーの人にキツーイお言葉でお叱りを受けてしまうのだった。そしてこの時点でミキサーは怖い人と呼ばれてしまう。本当はそうでは無いのだが何故叱らなければならないかは、リボンが伸びて性能が落ち、故障すると代わりがないからだったように記憶している。コンデンサーマイクも同じことなのだが、この頃はマイクが駄目になるより先にヘッドアンプや、スピーカーが壊れてしまう何とも皮肉な時代であった。
BTS規格
 また、この頃だろうか、何も考えず、何がなくともBTS規格のものであれば良いという時があった。「放送規格に合格しているマイクロフォンだから」と言うだけで予算がつき、大変都合良くマイクロフォンを買うことができた。
 一方で、誰もがBTSといっている時期にアンチBTSを提唱する技術者もいたが、私自身はどちらでも良かった。使用するマイクロフォンが小さな音でもハウリングを起こさないでPA出来れば良かった。この頃は調整卓もモニタースピーカーもプロ仕様の設備でなかったこともあり、生音を求めそれに近いPAが出来ればと欲張ってみても、それは遠い世界のことだった。
 コンデンサーマイクが普及して、ベロシティーマイクの使用が減ってきた時があったが、和楽器(三味線、琴)にはベロシティーマイクがいいといわれ、こちらを使用されることも多くなった。それで選択範囲が広くなったように感じた。新しいものが誕生すれば古いものとの比較が始まる、この繰り返しによってより良い製品が生まれるのかもしれない。しかし、音は人によって感じ方が違うから非常に厄介である。マイクロフォン自体は忠実に生音を集音しても、自分たちの耳に入ってくるまでヘッドアンプ、イコライザー、ラインアンプなどいくつかの関門を通過し、最後はスピーカーによって音が届けられる。
 音、その評価は人それぞれなので、生音の感覚も音響機器を通した音も全員が同じに聞こえることは永遠にあり得ないのかもしれない。それでも音響機器メーカーは限りなく生音が再現できるように研究開発されていることと思う。音響技術者もまた、生音を求めこれらの機材を使用して、生音に近く聞こえるように努力することを止まないのである。
いよいよ本番
 さて、ホールの催し物は講演会からクラシックまでジャンルを問わず開催される。講演会でどんな音を会場に提供するのか、これは簡単なようでなかなか難しい。 建築音響設計により生音が忠実に聞こえるようにしてある会場ではあるが、さらに地声がよく聞けるようにPA(SR)をすることに心がけている。リハーサル(音合わせ)なんて殆どなし。本番が始まってからでないと解らない時が多い。せめて司会者ぐらいは早く来て声を出してほしいものである。
 あるとき司会者から、緞帳が下りて観客が入っているのにもかかわらず「司会マイクのテストをしたいのですがお願いします」と要望があった。こちらも司会者の声量、声質を知りたいのもあってOKした。司会者は、「ただいまマイクのテストです」と喋った。舞台の演出上は「なんだ」と怒りたくなったが、一般の観客は気にしているのかな?と思いながらも一応マイクチェックが出来た。
 例えば、生の声がそのまま聞こえるようにPAではなくSRをしようとした時、マイクロフォンの持つ音質と講演する人の声質がうまく合えばすごく自然に聞こえるのではないだろうか。現実にはマイクロフォンを選択することが大変難しいから、イコライザーなどを使用して講演者の地声に近くなるように調整すれば良いことになる。生音と最初に触れるマイクロフォンの選択も大切だと思う。
 舞台で声や音が小さいのはどうなのか?小さな音だからこそマイクで拾って大きくしてほしいと誰でもが思うことだが、あまりにも小さいとマイクロフォンで拾っても本来の性能が発揮できないし、ハウリングが起きないように最大限レベルを上げても最後列の観客には聞こえない。テレビ、ラジオでは、声量があまりなくても拡声を伴わなければなんとか集音してくれる。しかし舞台では最悪・・・・・なのだ。
さて、ワイヤレスマイクは
 ワイヤレスマイクといえば、40MHz帯の時代は酷かった。そのときハンドマイク8本が設備されていたが、満足に使用できたのが1本もなかった。ボーカルマイクとして使おうとすると、大きい声量の時にはつぶれた音になるし、移動すれば飛んでしまい「何だ、何だ」の連続。アンテナの位置か機器の性能か良く解らない???今では考えられないことである。また、ヴォーカル用のハンドマイクは4本も使えばコード処理が大変だったが、今はほとんどがワイヤレスマイクとなり、転換があっても無くても多少なりと楽になったように思う。いっそのこと楽器もすべてワイヤレスマイクで出来ないのだろうか。デジタルワイヤレスマイクが近い将来製品化されそうだし、小さくても音質、ダイナミックレンジ、周波数特性が有線マイクロフォンと変わらないのなら是非使用してみたいものである。
録音と併用
 ホールでのコンサートは、幼稚園の音楽会からジャズ、ポピュラー、歌謡曲、ニューミュージック、お年寄りの合唱、クラッシックコンサートまで多種多様であることは皆さんもご存じであろう。これらの催し物では、拡声と録音を同時に行うことが求められる。PAのバランスと録音のバランスは当然違ってくるため、本来はPA用と録音用のマイクロフォンは違う機種で行う。集音する楽器の種類がたくさんあればマイクの林の中に演奏者が居ることになる。舞台は演奏を聴かせる場でもあるが、出演者の姿を見せることも要求される。そのため、必要最小限にした録音とPAを兼ねることが出来るマイクロフォンを使用することが必要である。
 舞台転換があると、レコーディングスタジオや放送局のスタジオと違ってPAと録音を短時間に行わなければならないことが多い。その際は音源に対してのマイクロフォンの角度、位置、高さ、マイクコードの処理といったものを綿密なプランで行わなければならず、使用するマイクロフォンが多くなればなるほど複雑である。リハーサル時と違った場所になるとマイクロフォンは正直だから入ってくる音も違ってくる。そんなときは「いつものことだ」とあきらめるしかない。スライディングステージのあるホールであれば、あまり気にすることはないのかもしれないが、全国的にはスライディングのないホールが殆どではないだろうか。「引き枠」に乗せて転換できるだけでも大助りと思わなくては・・・。
エアーモニターマイクロフォンの利用
 いつから問答されているかわからないが、ホールミキサーをしていて疑問に思っていることがある。ミキサー室は普通、客席の横や後ろ、中二階、二階客席の下に設けられるが、どうして会場全体の音が聞ける場所にないのだろうか?拡声と録音を1つの部屋で可能にするには、防音ガラス付きのステージが見える部屋がいいのか?窓を開ければ客席の音は聞き取れるが、スピーカーボックスの中で聞いているような気がする。思いきってツアーコンサートのように客席中に設けてはどうか。では録音はどうする?
 ある人に「ヘッドフォンで聴けばよい」と言われた。ヘッドフォンをかけながら会場の音は聞けないし、舞台からの連絡は・・・。そういったことを考えれば、ある時は客席で、ある時はミキサー室で、となればよいような気がするがどちらにしても制約はある。いまは部屋の中(金魚鉢)がベストなのか?ここで役に立つのがエアーモニターマイクロフォンである。
 ミキサー室にいて客席の音場と同じに聞くためには、特性の優れたエアーモニターマイクロフォンが必要になってくる。指向性は広くなく、音質もフラットに近いものがいいと思うが、ホールの建築音響特性を考慮して選択することも大切であろう。しかし、とかくこのマイクロフォンは楽屋等の運営系にホールの状況を流すだけだからと軽視されることが多いのではないだろうか。エアーモニターマイクロフォンの取り付け位置における音圧とミキサー室のモニタースピーカーの音圧レベルを同一にすることにより、おおまかな客席の音場状況を知ることが出来る。エアーモニターマイクロフォンでモニターしてミキシングをすることにより、観客の聞いている状態に近い音でミキシングをする事ができるように思う(当たり前のことではあるが)。
吊りマイクはむつかしい
 エアーモニターマイクロフォンと同じような集音装置で客席で使われているのが2点吊りマイク、3点吊りマイクである。2点吊りマイクはあまり設備されていないと思うが、3点吊りマイクは殆どのホールで設備されているようだ。この設備の設置位置(可動範囲)はどのようにして決めているのだろうか?ワンポイント方式で集音するわけだが、集音したい位置にセット出来るのだろうか?左右の範囲はあまり広くなくても良いが前後はある程度広い範囲が必要である。マイク回線も使用するマイクロフォンにより異なるが、最低2回線は必要だと思う(1回線ではステレオ録音が出来ないのだ)。
 この装置を使用して録音する場合は、演奏する音楽形態、発生形態により前後、上下させて最良の1点で集音することになるが、この1点を決めるのが非常に難しい。
 例えば、大編成のオーケストラや吹奏楽ではすべての音を集音しなければならないため、弦の音、管楽器の音がバランスよく集音出来る位置やポイントの決めるのは至難の業だ。三点吊りマイク装置の操作はどこで行っているだろう。シーリング室、ミキサー室、舞台袖、リモート操作により舞台上、ワイヤレスリモートだろうか?今では電動で昇降しているホールが殆どだと思うが、以前は客席上部にあるシーリング室に手動の巻き上げハンドルが設備されていて、三点吊りマイクを上部から見て高さを合わせていた。照明、舞台、音響は各一人。仕込み時間がないときは他の係に手伝ってもらえないので一人で合わせることになる。建物の4階から5階を最低でも5回は往復しないと位置が決まらない。大ホールとなれば7階から8階を何回往復すればいいのか。「ダイエットと運動不足解消には最高かも・・・」と思ってしまう。一見簡単に出来そうだが、どこまで降りたか舞台よりどれくらい客席寄りなのか正確な位置が分からない。もっと困るのは指揮者に当てる照明が丁度マイク取り付け部分と重なることである。この時はマイクが主役とばかりに照明が当たっており、どちらを優先するか悩む。やはり、正確に1点を決めるにはステージ上で操作を行うことが最もいいと思われる。
 通常、オーケストラの集音のときのマイクロフォンの位置は、指揮者の後ろ2〜3メートルで、高さは指揮者の頭から1〜2メートル以上がよいといわれているが、オーケストラの編成、作品の楽器の使い方、オーケストラの個性、ホール音響特性、観客の数(開演前にセットすることが多いので主催者より前売り券の販売状況を参考にする)、夏か冬かなどで吸音状態が異なってくるのでマイクロフォンの位置が微妙に異なってくる。また位置だけでなく、マイクロフォンの音源に対する角度も違ってくる。そのほかの演奏会も同様にセットするわけだが、三点吊りマイクだけでは無理なコンサートもある。どうしても採れない音は補助マイクロフォンを使用して補うのだが、前にも述べたようにステージ公演は演奏者を観て音を聞くことから、マイクやマイクスタンドが目立たないように配慮することも大切である。とはいうものの三点吊りマイク装置そのものがいかにも「録音しています」とばかり目立つ。観客はどうだろう。マイクを取り付ける重り(鉄のかたまり)、マイクロフォン、ワイヤー、マイクコードなどこれらはクラッシクコンサートには付きもので、観客は案外慣れているのかもしれない。もしかしたら「これが降りていないと落ち着かない」という人もいるかもしれない(?)。しかし、やはり児童生徒などの発表会や演奏会では子供の顔が見えないと苦情を言ってくる保護者もいる。二階席からは顔一つはすっかり隠れてしまう。最近は、格納するときは三点分離して客席から目立たないように設計されている。メーカーに「もっと小さくなるならないのか」と、お願いしたこともある。
 三点吊りマイクを使用しないでクラッシクコンサートを集音する時は、指揮者(指揮台)の両脇にハイ・スタンドを避雷針のように立てて行っている。見ていて「マイクがなければ・・・」といつも思う。もっと気になるのがMS式マイクロフォンをスタンドに着けての集音である。どんな光景かお分かりになるだろう。出来れば避けたい。演奏が終わって挨拶、マイクスタンドに「礼」である。あるリサイタルでワンポイント方式のみで録音した時、声楽家の声量がなく、ピアノ伴奏のほうが音が大きい時があった。リハーサルではバランス良く聞こえていたのに、本番でピアニストが張り切りすぎたのか歌声が小さくてピアノの音が大きくなった。後で録音を聞くとピアノの音ばかりで歌が聞こえない。クラシックの演奏家はマイクを立てるのを極端に嫌うこともあって補助マイクを出せないことが多い。「しかたがないか、マイクロフォンに選択能力はないから・・・」と思ってしまう。
これからは
 ホールで使用している音響機器は、最新鋭の技術が取り入れられ開発も進んできている。調整卓をはじめ周辺機器等は性能、特性、使い勝手も向上しデジタル化されており、この先これらの技術はもっと向上することと思う。電子楽器を除きヴァイオリン、ピアノ、トランペット、人の声等はこの先も変わることはないだろう。
 私がホールでの仕事をすることになった頃は、ホールに行けば「迫力のある音楽」が聴けると楽しみにしていた。それは、電気音響を殆ど使用しない演奏会だった。しかし現在は[迫力のある音楽]は、生音が聞こえない電気音響の音ではないだろうか?綿密な建築音響設計をして造られたホールを生かして、いつかコンサートや公演をもう一度[生の迫力]で聴くことができる日がくることを期待している。
阿部 富美男
岩手県民会館 管理課 勤務

*阿部さんは第2回特ラ連功績賞の受賞者です(編集部)
 
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