お酒、食べ物と続きましたが、今回は、レコードのエンジニアについて極く私的に書いてみました。1970年あたりの話が中心となります。若いかたには申し訳ありません。
Ken Scott 私の一番好きな、イギリスのプロデューサー兼エンジニアです。彼の仕事としてはファンク、フュージョンを得意とするベーシストStanleyClarkeの「School Days」、ドラムの巨匠Billy Cobhamの「Total Eclipse」などがあげられます。しかしエンジニアとしての才能もすばらしく、The Beatles、Procol Harumなどを手がけていますが、私の一番のお気に入りは、George Harrisonの「All Things Must Pass(1970年)」です。このアルバムはプロデューサーにPhil Spectorを迎えており、彼独特のサウンド、いわゆるWall Of Soundのような音づくりになっています。Wall Of Soundとはご存知のかたも多いと思いますが、Philが60年代初頭に確立した特徴ある録音手法で、クリヤーさおよび奥行きなどの定位感を重視する録音とは違い、例えばギターなどの楽器を複数台同時に演奏、音が重なることで、輪郭がぼやけた音のかたまりが、まるで壁のように目の前にたちはだかってくるサウンドのことで、Ronettes「Be My Baby」、Ike & Tina Turner「River Deep, Mountain High」などで体験することができます。
話しを戻します。この「All Things Must Pass」は、Ken Scottが弱冠23歳のときに録音したもので、今から40年以上も前のものとは思えないほど、音の密度が濃く、中音域を際立たせたサウンドが機関銃のように打ち出され、聴き終わると心地よい疲労感を伴います。私が彼を職人だと思う理由は、自分の信念に基づいた音作りに徹している点です。 冒頭に書いた「Total Eclipse」では、プロデュースとエンジニアを兼任していますが、「All Things Must Pass」にみられるサウンドではありません。「School Days」も然りです。
通常、エンジニアは特定のプロデューサー、あるいはレーべル、スタジオでの仕事が多いわけですが(契約関係、信頼関係などによるものでしょう)、彼の膨大な仕事をたどってみると、そういった制約が見られません。
これは、音楽のジャンルを超えて、さまざまなアーティストが彼の才能を必要としている証しではないでしょうか。音楽を的確に表現するためにはどうしたらよいか、ときにプロデューサーの意向に従い、時に自己主張する。自分が置かれている状況のなかで最良の結論を出している。そんなふうに思えるのです。御歳、65歳まだまだ現役です。