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ここでは、現場でワイヤレスマイクを扱う音響技術者が日頃考えていることを含め、「WL周波数計算表」製作の経緯をお伝えしたい。最初に、筆者は一介の音響技術者であり、電波について専門的な教育を受けた訳ではないので、あまりややこしい(数学や物理の)話には及ばないことを申し上げておこう。 まずは、簡単に筆者の経歴を記すことで、技術的な時代背景を推測していただけるかもしれない。20年前、放送関係の学校を卒業後、リハーサルスタジオに勤務。アマチュアバンドであったが初めてPAを経験した。その後、現・所属会社に入社。以後、PAセクションに在籍している。はじめの9年間は純粋に現場の仕事をこなす毎日で、演歌の全国公演から野外ロックフェスティバル、そして企業イベントや展示会と、あらゆるPAにたずさわった。ここ10年は現場に出つつも、音響機材のローテーション調整やメンテナンス等、管理業務を行っている。したがって 内容がPA関連にかたよることをお許しいただきたい。 我々は元来、音という「目には見えないが感じることの出来る」現象を扱ってきた。ところが電波は「見ることも感じることも出来ない」現象。いわば未知の世界である。従来、音響技術者は、この電波とその周辺技術について分かっているような振りをしつつもあまり詳しくは知ろうとせず、それで済んでいたところがあった。しかし、ワイヤレスマイクの普及に伴いそれでは済まなくなりつつある。 近年、ワイヤレスマイクが多用されるようになってきたのはご承知の通りである。現在の規格へ移行後、機器の性能が向上し送受信の信頼性が増した。通常の使い方であれば音切れ等の不具合はほとんど起きないし、音質についてもある一定レベルは確保されている。価格的にも安価なものから高額製品まで選択の幅も広い。そして、マイクケーブルから解放されるという最大の特徴をもって広く普及したのである。 現規格の登場当初、購入するワイヤレスマイクをA型、 B型どちらにするか悩んだPA業者が多かったのではないだろうか。しかし、A 型とB型で同等機種であれば音質の違いはない。また、A型は音質に優れるといわれるリニア伝送方式を選択できるが免許が必要である、といった理由から、多くのPA業者はB型ワイヤレスマイクを導入したのである。 当時は、一部のミュージカル公演では相当数のワイヤレスマイクを使っていたようだが、通常のコンサートではメインボーカルのみ、そして展示会等のイベントでもワイヤレスマイクは特別な存在であり、特別な演出目的でのみ要求された。その使用は限られていた時代であった。 普及とともに新たな問題を抱えることになる。B型は30チャンネルあるが、1つのエリアで同時に使用できるのは最大で6波という制限がある。現場によっては本数が足らない、または、混信してしまうという事態が起きてきたのだ。 さて、チャンネルと言うと身近なところではテレビを思い起こされるかもしれない。1チャンネル、3チャンネルなどと言うが、テレビ局はある間隔をおいて決められた周波数のなかの特定の電波で放送を送っている(ただし、1〜3チャンネルと4〜12チャンネルは周波数帯が異なる)。この周波数に順次番号を付けたのがチャンネルである。受像器でチャンネルを選べばその周波数に同調し放送を見ることが出来る。ワイヤレスマイクでいうところのチャンネルも同じで、使用周波数に記号や番号が付けられている。 また、混信とは、簡単に言うと同じ周波数の電波が2つ存在したとき、電波同士がぶつかり合って正常に送受信が出来ない状態と考えてほしい。たとえば別々の人が同じチャンネルを同じ場所で使うと電波同士がぶつかって具合が悪い。自分の電波が途切れたり、他人の電波を受けてしまったりするのだ。 話を戻そう。筆者の経験のなかで、混信が頻発した催し物がある。展示会である。大規模な展示会になると、いくつもの音響業者がひとつの会場に入る。そして、偶然ではあるのだが別々のブースで同じ(B型の)チャンネルを使ったため混信してしまったのだ。そこで、各ブースの音響担当者は必死の思いで使えそうなチャンネルを探しだした。イタチゴッコともいえる空きチャンネル争奪戦が始まってしまったのである。 こういった問題は、ワイヤレスマイクをB型からA型に替えることで解決することができる。A型はFPU-2帯とFPU-4帯を合わせて142チャンネル(当初はFPU-4帯の71チャンネル)割り当てられており、B型に比べると格段にチャンネル数が多い。さらに、A型は混信しそうな運用に際しては、使用する者が事前に打ち合わせ(運用調整)をして混信を避けなければならないとされているからだ。 「メーカーの指示どおりのチャンネル設定でなければ多数波運用はできない。もし違うチャンネル組み合わせで使ったらとんでもないことが起きるのだ。オソロシ〜」 10年ほど前、B型ワイヤレスマイクを使いはじめた頃の筆者の正直な気持ちである。B型の誕生にあたりメーカー間で統一の送信周波数一覧表が作られ、取扱説明書には「この組み合わせ以外で使うと混信するぞ」とあったのだ。 ところが、A型を使いはじめるとこの一覧表とは別に、各メーカー独自の「チャンネルプラン例」というものがあることに気が付く。そこには最大11波の組み合わせがのっていた。 「例と言うことはチャンネルプランはこれだけではないのかもしれない。ここにのっていない組み合わせもあるのだろうか?」 というのも、現場ではチャンネルプラン例にうまくあてはまらない場合が意外と多い。たとえば、 「AL帯5波+AH帯5波という組み合わせ例はあるが、AL帯6波+AH帯4波という組み合わせで使いたいのだけれども・・・」 チャンネルプランは我々にとって、とても重要なものである。それはワイヤレスマイクを混信なく安定して使うための第1の条件だからだ。しかし、メーカーから発せられる情報には使用法の制限ばかりが目立ち、現場に即したものとはいえなかった。 「約束事が分かればチャンネルプランを作ることが出来るかもしれない」 その後、チャンネルプランを独自に作りたいという気持ちから、特ラ連やメーカー関係者にいろいろご教授いただき、チャンネルプラン作成に欠かせない要点は、次の2つであることが分かった。 1つは、周波数が近い電波は混信を起こしやすいということ。つまり、安全に運用するには周波数をある程度離す必要がある。 もう1つは、歪み波といわれるもので、電気回路の「非直線性」から発生するそうだ。ワイヤレスマイクを複数使用すると、送信機や受信機、そして受信アンテナの回路内で歪み波が発生する。とくに3次の歪み波が問題で、目的の電波とぶつかり合い混信の原因となる。 これら不具合を引きおこす周波数を求める計算方法も教えていただき、自分でもチャンネルプランが作れそうなことは分かってきた。だが、波数が増えるにつれて計算量が膨大になる。手計算ではとても無理だ。そこで、ここにご紹介するパソコンを使った「WL周波数計算表」製作に至ったのである。この計算表には、すでに必要な式がすべて入力されていて、ユーザーは使いたいチャンネルを選ぶだけでよい。すると、自動的にその周波数が式に代入され、混信の可能性が予測できるというものだ。すでに、運用調整の必要な方々にチャンネルプラン作成のツールとして活用していただいている。 現在、「WL周波数計算表 v0.33」を公開しているが、このたび「WL周波数計算表v1.0」として発表できることとなった。新たにリニア方式とコンパンダ方式の同時使用に対応し、まもなく登場するイヤーモニターについてもリニア方式として計算することで対応する考えである。ちなみに、この計算表の動作にはパソコンソフトのエクセルが必要となる。 今回は、すでにご利用いただいている方々の意見を反映させ、より使いやすいものをと心掛けたつもりである。ご意見をくださったユーザー様に対しましてはこの場を借りて感謝を申し上げます。 現場でのワイヤレスマイクの使われ方は千差万別である。まずは、メーカーの指示に従うことが大切だが、それで解決できない状況があれば、みなさんの経験と知識、それに「WL周波数計算表」を駆使して解決していただければと思う。 チャンネルプランでお困りの際にはぜひお試しいただきたい。 一級舞台機構調整技能士(音響)
日本舞台音響家協会 理事 |