(株)放送ジャーナル社
 染谷 清和
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  現在はデジタル化の第5世代

 今年のNABの入場者数は、昨年比−16%の95.000人と発表されていた。NABでは、多発テロの影響の中でこの数字を達成したのは大成功だったとコメントした。一方で、サウスホールができて、展示スペースが広くなった。そのためか、余計空いているような印象を持った。展示面では、これまではコンセプト提案が多かったが、今年は具体的なプロダクトとしての展示がめだった。
 デジタル化の進展という意味から、NABを捉えてみると面白い。放送機器のデジタル化は第1世代の制御系信号のテジタル化、第2世代の本線系信号の補完がほぼ同時にスタートした。制御系信号のテジタル化では電子編集システムの登場、シンクロナイザーによるテープロックシステムの登場を、また本線系信号の補完では、TBC(タイムベースコレクター)の登場によるヘリカルスキャンVTRの放送用途での利用の実現、さらにフレームシンクロナイザーやDVE(デジタル特殊効果装置)等を出現させ、ENG/EFPやポストプロダクションという、プロビデオ産業発展の基礎を築いた。この頃の、NABは、カメラ、VTR、電子編集システム、DVEといった単体機器が中心であり、その性能を競っていた。

        ワークショップ会場

 デジタル化の第3世代は、本線系信号のデジタル化であり、高価なD1デジタルVTRやDASHやPRODIGI といったオーディオテープレコーダーが登場、これらを導入した高価なスタジオが覇を競った。この頃は、デジタルアイランドという考えで、アナログシステムの中にハイエンドのシステムとして、フルデジタルシステムが君臨するといったコンセプトが提唱され、デジタル機器にとっては唯一幸せな時代だった。また、フルデジタルシステムの構築ということで、デジタルインタフェースの開発に見られるように、単体機器からシステム提案へとメーカーの開発姿勢も大きく変わってきた。そして、第4世代は帯域圧縮の採用である。デジタル化の効果は、民生用機器では低価格化という形で現れてきたが、放送機器においても、帯域圧縮の採用によりアナログを下回る、ソニーのベータカムSXや松下電器のDVCPROが登場。ソニーVS松下電器のプロ分野の争いは一般紙にまで取り上げられた。
 そして、今は第5世代のコンピュータとの親和性の確立である。これまで、放送機器のシステム化はSDIやSDTIといった高価なインタフェースを採用していた。一方で、汎用のコンピュータの世界では、LANやIEEE1394 といった汎用のインタフェースが廉価で商品化されており、ビデオ信号にオーディオ信号をエンベデットし制御信号まで伝送可能である。今回のNABでは、ネットワークにしろストレージにしろ、コンピュータとの親和性を前面に押し出した製品が多かった。


  多チャンネル・高音質化と遅延解決

 このような、デジタル化の進化の中でワイヤレスマイクのデジタル化を考えてみたい。デジタル化という時代の趨勢の中で、ワイヤレスマイクは唯一アナログが生き残っている分野である。数年前から各社がデジタルワイヤレスマイクのプロトタイプを発表し、今回のNABでも実際にシステムを展示している米国のメーカーがあったが、まだまだデジタル化の初期にみられた、デジタル=クォリティが高いと言った訴求の仕方で本当のメリットといったものが見えてこない。
 前述した通り、デジタル化のメリットは、帯域圧縮技術の急速な進展を背景に経済性の追求やコンピュータとの親和性といった、デジタル本来の方向への進化の競争である。
 現在の、ワイヤレスマイクのデジタル化はまだ第3世代の、やっとAD/DAにより、本線系のデジタル化の道が開けた所まできたという時期だろうか…。
 そこで、ワイヤレスマイクのデジタル化メリットとはなんだろうと考えてみると、やはり現在のアナログのワイヤレスで困っている問題点がデジタル化によって解決できるかという事であろう。第一に、多チャンネル化の問題が考えられる。最近は日本でも本格的なミュージカルが多数上演されるようになり演出や表現が高度化するとともにワイヤレスマイクの使用本数も増加している。また、モーターショー等の大型のイベントでもワイヤレスマイクが多用されチャンネルが足りない状況である。今後、ワイヤレスマイクに広い帯域が与えられるなら問題はないが、現状の帯域で解決策を探るとなれば、デジタル放送と同様に帯域圧縮技術等を採用し、多チャンネル化を実現するといったメリットが考えられる。一方で、チャンネル数を増やさずに帯域圧縮で余裕が出た部分でダイナミックレンジを拡大するというメリットもあるだろう。デジタル放送のHDで1チャンネルかSDで3チャンネルかという話と全く同じである。
 ただ、ここで大きな問題が生じてくる。AD/DAはともかく、帯域圧縮のような複雑なデジタル処理を行うと、必ずディレイの問題が生じてくる。ライブでの使用が前提のワイヤレスマイクでディレイは致命的である。このディレイを、多少はデジタル化のメリットとトレードオフしたとしても、今度はそれなりの高速処理をするデバイスを動かすにはそれなりの電力が必要になってくる。
 ビデオの世界で一番デジタル化が遅れたのは、取材分野のカメラVTR一体型システムである。この分野は、小型化、低消費電力化が一番重要であり、デジタル化が達成されても大型化したり消費電力が増加したら誰も買ってくれない。そこそこの画が撮れれば、あとはデジタルで編集すれば画質の劣化もないわけで、デジタル化のメリットがなかった。この分野が、本格的にデジタル化したのは、アナログより高性能で小さく価格も安いシステムが登場してからであった。そういう意味では、ワイヤレスマイクも現状のアナログシステムに満足はしていないが音質や物理的な面で一応の水準にある。それと、デジタルになると開発費が膨大になり各メーカーがバラバラでは開発したのでは、ワイヤレスマイクの市場はそんなに大きくなく、開発費の回収は難しい。デジタル化の実現には、まだもう少し時間が必要なようだ。



        NABワイヤレスマイク展示